希望をつなぐ。

希望をつなぐ。

人類は今、医療の発展によりかつてないほどの健康と長寿を享受しています。
しかしその陰には、いまだ病気と闘い続ける多くの人々が存在します。
私たちは皆さんにALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病を知っていただきたいと思います。
2014年の「アイス・バケツ・チャレンジ」により認知が広がりましたが、
患者さんやご家族がより良い毎日を過ごすためには、更なる病気の理解が進むことを望みます。
情報提供や疾患啓発を通じて、社会全体で難病に立ち向かう仕組みを整えていくこと。
たゆみない研究によって治療法・治療薬を探し求め、一日も早く世の中に届けること。
誰にでも起こりうる病気との闘いに対して、明日を照らす希望をつないでいくこと。
世界の人々の健康に貢献する私たちに課せられた使命です。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは

ALSは、運動神経に異常が起こり、次第に体の自由がきかなくなる進行性の病気です。その発症原因はいまだ解明されておらず、治療法が確立されていない難病の1つです。
この病気を発症すると、脳からの指令が筋肉に伝わらなくなるため、筋肉が衰えていきます。初期の症状はさまざまですが、大きく2つのタイプに分けられます。重いものが持てない、足が前に出ないなど手足から動きにくくなるタイプと、ろれつが回らない、鼻声になるなど口から動きにくくなるタイプです。やがて症状は全身に広がり、歩くことも、食べることも、自力で呼吸することさえできなくなります。また、食べ物を飲み込むことができないせいで必要な栄養がとれないという問題も出てきます。その一方で、視力や聴力、体の感覚は失われないこともALSの特徴です。意識ははっきりしているのに、思うように自分の体を動かすことができないのです。
日本における患者数は約1万人と推定されており、発症しやすい年齢は50~70歳代です。個人差はありますが、一般的に短期間で急速に進行し、発症してからの余命は平均3~5年といわれていました。しかし、現在では呼吸の補助や経管栄養、胃ろうなどの発達により、長期に療養することが可能となってきています。呼吸の補助をしながら療養している患者さんでは、会話による意思疎通が図りにくくなることも少なくありません。そのような場合でも、会話以外のコミュニケーション手段がさまざまに考案されています。
ALSを根治させる治療法はまだ見つかっていませんが、遺伝子研究や再生医療、医療機器開発など、ALS研究は日々進歩しています。また現在は、対症療法を適切に行うことで病気の進行を遅らせることができるようになってきているため、早期に治療を開始することが特に重要です。しかしながら、症状が多様でほかの病気と区別がつきにくいこと、また患者数が少なくALSという病気自体が世間一般にあまり知られていないことから、受診・診断が遅れる傾向にあります。そのため、ALSという病気の認知や理解を広げていくことが重要です。

当社が開設した情報サイト「ALSステーション~明日をつなぐ、人をつなぐ~」では、この病気に関する正しい理解を広めるため、病態・治療から周辺知識、各種サポート体制など、さまざまな情報を紹介しています。

情報サイト ALSステーション~明日をつなぐ、人をつなぐ~

ALSと嚥下食

ALS発症後には、さまざまな理由により体重が減少します。体重減少はその後の病状に大きく影響するため、初期からの適切な栄養管理が重要になります。症状が進行すると、食べること、飲むことが難しくなる摂食嚥下障害があらわれます。体重の減少を抑えるためにも食事はとても大切で、摂食嚥下障害でも飲み込みやすいようにやわらかさや形状を工夫した食事を「嚥下食」といいます。

当社情報サイト「ALSステーション~明日をつなぐ、人をつなぐ~」では、栄養不足を防ぐだけでなく、ご家族と一緒に同じメニューを楽しむことができる嚥下食レシピを紹介しています。また、患者さん交流サイト「ALS ACTION!」内の「世界を旅するALSレストラン」では、嚥下や栄養価に配慮しながら世界の料理を自宅で楽しめるレシピを公開しています。

世界を旅するALSレストラン

患者団体の想い

一人ひとりの力はわずかでも、力を合わせて支え合っていく

長い間、ALSは「治癒する希望がなく、天井を眺めているだけの悲惨な病気」とされてきました。
しかし、患者さんはしっかりと意思を持ち、考えることができます。症状が進んでも、その時々に応じたサポートがあれば、できることはたくさんあります。患者さんを孤立させない。支え合いの取り組みが少しずつ広まっています。

多くの人にこの病気の存在を知ってもらいたい

行政との要望の話し合い
行政とも連携し、患者さんを支援する各種制度の一層の充実を図っています。

日常生活もままならなくなるALSでは、医療的ケアはもちろん、介護、福祉面の支援も不可欠です。患者さんの経済的負担も大きく、家族だけでなく地域全体で支える必要があります。それらの支援体制は徐々に改善してきていますが、十分な支援が受けられず苦しい生活を送る患者さんがまだまだ多いのが現状です。
そんな状況の改善に向けて活動する団体の1つが日本ALS協会です。同会は、ALS患者さんが安心して暮らし続けることができる社会をめざし、患者さんとそのご家族を中心にさまざまな人が一体となって、お互いに助け合い、支え合う活動を行っています。
設立のきっかけは、患者さんのひとりである川口武久氏(同会 初代会長)の闘病記出版からでした。当時は今よりもALSに関する情報が乏しく、原因がわからないために伝染するのではと偏見を持たれたり、治療法がないことから本人に病名が知らされなかったりと、患者さんは社会的に孤立していました。そんななかでこの闘病記が種となり、全国の患者さん、支援者間につながりが生まれたのです。ALS患者さんにとって意思の疎通はまさに「命のコミュニケーション」。想いが共有できること、頼れる仲間がいることは大きな支えになりました。有志が集まって「会」を設立し、病気に対する正しい理解と支援の重要性を広く知ってもらうための活動がスタートしました。
患者さん自身の奮闘と、周囲の支えによって療養支援体制が改善され、患者さん、ご家族のQOLは大きく向上しました。特に積極的に進めたのは在宅療養体制の整備です。経済的負担の大きい人工呼吸器や意思伝達機器などの貸与をはじめ、介護者のたん吸引などの医療的ケアの許可を行政に働きかけるなど、さまざまな支援の拡充に取り組みました。その後さらに活動の幅を広げ、研究や支援のための予算拡大を国に働きかけたり、「ALS基金」を設置したりなど、研究機関や大学、製薬企業とも連携しながら治療法の早期確立に向けて取り組んできました。

ALSが治る病気になるまで

視線を使ったコミュニケーション
ひらがなや数字が記された透明の文字盤を通して視線を合わせることでコミュニケーションをとることができます。

近年ではALSに関する研究やサポートが進展し、医療機器の改良などによって、パソコンを使った視線入力でのコミュニケーションや、呼吸器を着けての外出など、これまで以上に楽しみや生きがいを持って暮らせるようになってきました。とはいえ、医療・介護の地域間格差など積み残された課題もあります。これらはALSだけでなくほかの疾患、さらには高齢化など現代の社会問題にも通じるところがあり、ALSの問題点を追究することは社会的な課題解決にも貢献するものです。「全国どこでも、どの患者さんにも公平に支援を届けたい」「就労機会をつくりたい」など、これからも活動を続け、ALSが治る病気になるまで、希望をつなぎます。
ALSそのものに対する社会的関心、理解は今もまだ十分ではなく、同会では全国組織であることを活かした情報発信、当事者同士や医療従事者による相談支援などの拡充に取り組んでいます。また、多くの患者さん、ご家族の会への加入と、経済的支援を行う賛助会員を募ることで、更なる会の拡充・支援を呼びかけています。

日本ALS協会

日本ALS協会はALS患者さんが人間としての尊厳を全うできる社会の実現をめざすと共にALSの原因究明と治療法確立の促進、患者さんの療養環境整備などを行うために「ALSと共に闘い、歩む」ことを趣旨とした非営利団体として1986年に設立し、2012年に一般社団法人となりました。会員は患者さんとそのご家族・ご遺族が中心ですが、医療・保健・福祉関係者、研究者や一般市民も数多く加入しており、地域で力を合わせ、ALS患者さんが社会的に孤立することなく、共に暮らせる社会をめざして各方面で活躍しています。国際ALS/MND協会同盟に加盟し、医療シンポジウムに参加するなど、国際交流にも取り組んでいます。

開発者の想い

ひとりでも多くの患者さんへ 希望をつなぐ「ALS治療薬 日本から世界へ」

2015年、日本で新たなALS治療薬が承認されました。ALSの進行を抑える点滴注射薬です。それまで治療薬は約20年前に開発された1種類のみであり、世界中のALS患者さんが新薬を待ち望んでいました。この日本発のALS治療薬を世界に広めるべく、世界に向けた開発プロジェクトが始動しました。

武井 康次(たけい こうじ)
三菱化学(現:三菱ケミカル)入社。工学部出身で入社当初は製剤研究を担当していたが、「よりユーザーに近い立場で仕事がしたい」と希望して臨床開発に転向し、グローバルの臨床開発を担当。ALS治療薬「ラジカヴァ」の米国FDAへの承認申請において、現地米国で中心的な役割を担った。

世界のALS患者さんに治療薬を

日本で当社のALS治療薬が承認された当時、私は米国にいました。ALS治療薬の開発は、約20年もの間、新薬が出ていなかったことからもわかるように、非常に難しいものです。それが日本で成功したと聞き、世界中でALSの薬が切望されているなか、米国で展開しない手はないと考えました。
薬を海外で販売するには、国ごとに承認を得なければなりません。なかでも世界最大の医薬品市場である米国での承認は、その後の海外展開に大きく影響します。米国食品医薬品局(FDA)への申請にあたり最も懸念されたのは、治験データの対象が日本人の患者さんのみであることでした。通常、海外での申請にはその国や地域の治験データが求められます。しかし、米国で1から治験を実施するのでは時間がかかりすぎる。そこで、私たちは日本の研究者が蓄積したデータ、過去の脳梗塞での日欧での治験を含めすべてのデータを整理して、FDAを説得するに足る一貫性あるストーリーをまとめ上げていきました。膨大な量のデータを分析するのは非常に骨の折れる作業であり、日米間の考え方の違いから衝突することも多々ありました。それでも、メンバーの一人ひとりが「この薬を患者さんに届けたい」という強い想いでつながることで、私たちはプロジェクトを完遂させました。
結果、私たちが提出した資料はFDAに高く評価され、追加の治験は課せられませんでした。また、新薬を待ち望む患者さんや関係者の期待の声にも後押しされ、2017年5月、異例の速さで承認を得ることができました。

ラジカヴァ

米国での製品名。一般名「エダラボン」。もともとは日本で脳梗塞の治療薬として開発された。点滴注射薬で、投与期間と休薬期間を組み合わせた28日間を1クールとしてALS治療に用いる。日本で生まれた「ラジカヴァ」は、2020年時点で世界7ヵ国で承認を取得しており、今後さらに多くの国への展開が計画されている。

より良い治療薬を世のなかへ

FDAへの申請を進めながら、私は経口薬の開発が急務であると感じていました。「ラジカヴァ」は点滴注射薬です。患者さんの更なるQOL向上のためにも、より利便性の高い経口薬が求められます。一般的には、注射薬と経口薬はまったくの別物ですが、長年の研究データをまとめるなかで経口薬への転換の可能性を見出していました。もちろん簡単なことではありませんが、なによりも患者さんのために挑戦する価値がある。そこで、注射薬とは別に経口薬の専任チームを立ち上げて加速化するよう進言し、経口薬プロジェクトを推進しました。日米の研究開発メンバーの努力、そして患者さん、医師の皆さんの協力により、2020年時点で、経口薬の開発は臨床試験の最終段階を進んでおり、一日も早い承認申請をめざしています。
そして、まだこれは私たちのスタートにすぎません。ALSの進行を抑えるだけでなく、ALSが治る病気になるその日まで。より良い治療薬の開発に、私たちはこれからも全力で取り組んでいきます。

  • 本記事の内容は取材当時のものです。

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